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横浜地方裁判所 昭和39年(タ)13号 判決

原告 守谷純子

被告 グレン・デービス・コリンス

主文

原告と被告とを離婚する。

原被告間の長女ジエーン・コリンス(JEAN,COLLINS)及び長男デイヴイツド・コリンス

(DAVID,COLLINS)の親権者を原告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一・二項と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

「原告は日本婦人被告は米国人であるが、両名は一九五一年九月二八日横浜市において婚姻し、その間に長女ジエーン・コリンス(一九四九年九月五日生)と長男デイヴイツド・コリンス(一九五一年一月二〇日生)の二児が出生している。

原被告両名は一九五一年一〇月上旬まで神奈川県三浦郡葉山町一色一五二二番地において夫婦として同棲していたところ、被告は原告と子供二人を残して横浜市中区キヤンプ横浜に転居し、次いで同月一一日日本を去り米国に帰国するに至つたが、その際被告は原告と子供二人を米国に呼び寄せ、生活を共にすることを約した。ところが被告はその約を果たさず、旅費はもちろん生活費も送金せず、原告と子供二人を困窮のうちに放置し、あまつさえ一九五二年一〇月以降は遂に音信さえも絶つに至つた。したがつて今日においては両者の婚姻関係は単に名ばかりで婚姻の継続は望むべくもない。

ところで右の如き事実は夫たる被告の本国である米合衆国メリーランド州の離婚法に定める離婚原因中『和諧に達する合理的な見込なくして少くとも一八ケ月間遺棄したとき』及び『訴提起前継続三ケ年同棲することなく、任意に別居し且つ和諧に達する合理的な見込なきとき』の二つに該当し、同時に原告の住所地たる日本の民法第七七〇条第一項第二号の『悪意の遺棄』及び同項第五号の『婚姻を継続し難い重大な事由があるとき』に該当する。そして夫たる被告の本国法である米合衆国の普通法によれば、離婚については当事者双方または一方の住所の存する法廷地法を適用することとされている。

したがつて原被告いずれの国法によるも本件離婚の請求は許さるべきであるし、また前叙の事情から明らかな如く、原被告間に出生した子供二人に対して父親たる被告は何等の関心もないのにひきかえ、原告は困窮のうちに二児の監護教育をつづけてきた者で、今後もつづけていく覚悟でおり、それが二児の将来にとつて最も幸福なことと思料されるので、前記離婚請求に併せて原告を二児の親権者と定められたく本訴に及んだ。」と述べた。

立証〈省略〉

被告は公示送達による適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ答弁書その他の準備書面も提出しない。

理由

外国公文書にしてその方式及び記載内容からいずれも真正に成立したものと認められる甲第一、第四号証、公文書であつて右同様の理由により真正に成立したものと認められる甲第三号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、二及び証人守谷庄治郎と原告本人の各供述に弁論の全趣旨をあわせ考えると、

原告は肩書本籍地において訴外守谷庄治郎の長女として出生し、昭和二六年(西歴一九五一年)九月二八日米合衆国メリーランド州に出生して同国国籍を有する被告グレン・デービス・コリンスと婚姻したこと(甲第一、第三号証)、当時既に原被告間には長女ジエーン・コリンス(昭和二四年九月五日生)と長男デイヴイツド・コリンス(昭和二六年一月二〇日生)の二児が出生し共に米合衆国市民として登録されており(甲第四号証、第五号証の一、二)、被告はその頃肩書原告住居で妻子と生活を共にしていたが、婚姻後一ケ月を経過せずして単身横浜市中区所在のキヤンプ横浜に移り住み、次いで間もなく原告に対し一緒に帰国できないので旅費を送金するから渡米するようにと云い残しただけで帰国してしまつたこと、ところがそれ以後原告からの手紙にも返信をよこさず、旅費はもとより生活費すらも送金せず、妻子をかえりみなくなつたため、残された原告及び二人の子供は一時生活扶助を受けるほど生活に困窮したこと、及び現在に至るまで原被告の間柄は全くの音信不通の状態にあり且つ今日では被告の所在を知る由もないこと等が認められ、他に以上の認定を左右する証拠はない。

ところで右認定の如く夫が米国人妻が日本人である場合の離婚並びにこれに伴う親権者指定の国際的裁判管轄については争がないわけではないが、夫婦双方の本国ないし住所地国の管轄を認めるべきであると解されるから、いずれにしても妻たる原告の本国たる我国にも裁判管轄が認められるところ、我国における人事訴訟についての裁判管轄に関する一般規定である人事訴訟手続法第一条は、本件の如く夫婦間に特に「氏」について別段の定めがなされたことは認められず、妻たる原告が今なお従前の「氏」を使用している場合には直ちにその適用ありと解するわけにいかないので、その管轄については管轄の一般原則にしたがい被告の住所を管轄する地方裁判所にありとみるべきであろうが、さきに認定した如く夫たる被告が妻子を放置し所在不明(本件については公示送達を許可している。)である場合には国際的私法生活の円滑と安全を計る意味から例外的に原告の住所を所轄する地方裁判所に管轄をみとめることも許されると解するのが相当であり、したがつて本件訴訟の管轄は当裁判所にあることとなる。(もつとも本件においては、さきに認定したところから被告の我国における最後の住所を肩書原告住所地とみることが許されるならば、管轄の一般原則からしても当裁判所に管轄がみとめられることとなる。)そこで次に準拠法の問題であるが、本件の如く夫が外国人であるときには、離婚については勿論、これに伴う親権者の指定も離婚の直接的効果として、いずれも我が法例第一六条により定まる離婚の準拠法に従うべきであると解されるので、本件については更に法例第二七条第三項により夫たる被告の本国法である米合衆国メリーランド州法にしたがわねばならないわけであるが、米国普通法における国際私法規定(判例法)によれば、当事者の双方又は一方の住所の存する法廷地の法律を適用することとされているので、法例第二九条により我国法に反致され、結局本件についてはすべて日本民法が適用されることとなる。

したがつて、さきの認定からすれば夫たる被告は妻たる原告を悪意をもつて遺棄したものといわざるを得ず、その所為はまさに我が民法第七七〇条第一項第二号の離婚原因に該当する。そして前認定の如き事情のもとでは原被告間に生れた子供二人の現在及び将来の福祉を考慮したとき二児の親権者はこれを原告と定めるほかはないといわねばならない。

よつて爾余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 麻上正信)

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